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神戸地方裁判所 昭和33年(ヌ)65号 決定 1958年9月22日

債権者 西播金融株式会社

債務者 株式会社湊川鉄工所

主文

本件申立を却下する。

申立費用は債権者の負担とする。

理由

(本件申立の趣旨及び理由)

債権者は、神戸地方法務局所属公証人前田多智馬作成第一一、三四六号金銭債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基き、これに記載された昭和三二年九月三〇日付貸金元本金三八〇、〇〇〇円の支払に充てるため、債務者所有の別紙(一)の不動産に対する強制競売を申立て、その理由として別紙(二)のとおり述べた。

(当裁判所の判断)

本件強制執行の基本として、債権者が当裁判所に提出した公正証書の執行力ある正本によれば、これに「法律行為の本旨」として記載された内容は、別紙(三)のとおりである。

これを検討するに、本件貸金債務は、昭和三五年九月三〇日限り弁済すべきものであるが、(第二条)、第四条の各号の一に掲げる事由の発生したときは、債務者は当然右期限の利益を失うというのであるから、この公正証書に基く強制執行は、昭和三五年九月三〇日の満了後、或いは、第四条の各号の一に掲げる事実が発生したときに限り開始することができる。(したがつて、この公正証書は、確定期限の記載あるものであつて、債権者において、右期限前においてもこれに執行文の付与を求めることを妨げない。)

ところで、債務名義に債務を弁済すべき期限とともに債権者において立証すべき事実の到来により債務者が右期限の利益を失う旨の記載がある場合、民事訴訟法は、これを予想して強制執行開始の要件を定めているものといえないので、債権者において確定期限前、その期限の利益喪失の事由を主張して強制執行を申し立てた場合、その申立の当否を審査するについては、同法第五一八条第二項、第五二一条、第五二八条第二項、第三項、第五二九条、第五四六条などの法意に照し、執行機関に適当な役割を与え、かつ、債権者と債務者の利益を害することのないよう妥当な解決を図ることが必要である。そこで、当裁判所は、前記公正証書に基き、その第二条に掲げた期限たる昭和三五年九月三〇日以前に強制執行をなすためには、債権者が民事訴訟法第五六〇条により準用される(以下、この記載を省略する。)同法第五二一条の訴訟において勝訴の判決を得ない限り、債権者において証明書を以て右公正証書第四条各号の一に掲げる事実の発生を、執行文の付与を受ける以前には公証人、付与を受けた後は執行機関に対し証明し、かつ、債務者に対し執行文及び右証明書の謄本を送達することを必要と考えるので、以下にその理由を述べる。

強制執行は、判決その他の債務名義に表示された請求権の実現を目的として、債務名義の執行力ある正本に基き実施されるものである。強制執行の迅速、適正な実施のために、執行機関は、当該債務名義に基く強制執行が現在許されるかどうかについて、債務名義、執行文及びその他の一定の証書の記載内容だけを資料として審査すべき権限を与えられていると解すべきである。すなわち、執行機関は、自ら請求権の存否を審査する権限を有しないばかりでなく、債務名義の成立についても執行文付与機関たる裁判所書記官又は公証人の執行文による公証に信頼して強制執行をなすものである。けれども、当該債務名義に基く執行が現在許されるか、或いはなお一定の事実の到来を待つて初めて許されるかの区別は、執行文をみただけでは明らかにすることができない。もつとも、民事訴訟法第五一八条第二項には、債務名義の記載により、その執行の開始が保証を立てること以外の債権者が証明すべき事実の成就を条件とするときは、債権者が裁判所書記官或いは公証人に対し証明書を以て右事実の成就を証明しない限り、執行文の付与を受けることができないと定められている。けれども、公証人がこの手続によつて執行文を付与した場合でも、執行文にはなんらその旨の特別の記載が法律上要求されていない以上、執行機関においては、右手続がとられたかどうかを調査する必要もないし、また本来公証を職務とする公証人がこのような事実の成就を認定したからといつて、執行機関までこの判断に拘束されるべきいわれはない。

したがつて、右事実の成否は、執行機関が独自に判断する外はないけれども、民事訴訟法第五一八条第二項の趣旨に則り、執行機関は、債権者が、執行文付与前においては公証人、付与後においては執行機関、(債権者が執行文の付与を受けた後は、公証人がさらにこれに関与すべき理由がないので、右事実の存否を判断すべき権限を有する執行機関に直接提出すべきものと考える。)に提出し、かつ、すでに債務者に送達され、或いは、執行開始と同時に送達されるべき証明書だけを資料として、右事実の成否を判断すべきものと解するを相当とし、債権者が、証明書を以て右事実の発生を証明できない場合には、同法第五二一条の訴を経由すべきものと考える。このように解しなければ、執行機関に過分の責任を課し、また同法第五四六条の趣旨にも反するばかりでなく、ひいては同法第五二八条第三項の法意を没却し債務者の利益保護に欠ける結果を免れない。

また、執行文及び証明書の謄本の債務者に対する送達は、債務名義の記載上、その執行が債権者の証明すべき事実の到来にかかる場合であれば、本件のように、執行文が証明書により付与された場合でなくても、民事訴訟法第五二八条中関係の規定の趣旨に鑑み、強制執行開始の一要件をなすといわなければならない。なぜならこの規定は、債権者が前示事実の到来を主張すること及びその立証の方法を債務者に明らかにすることによつて、債務者に防禦の機会を与えることを目的とするものであるから、執行文が、証明書により付与されたかどうかが、この適用上なんらの差異を生ずる根拠とならないためである。

以上のとおりであるから、債務者に対し、本件公正証書の外執行文及び証明書の謄本を送達したことが認められない本件では、執行機関たる当裁判所において、右公正証書第四条各号の一に定める事実が発生したと認めて、強制執行を開始することができない。よつて、本件公正証書に基く強制執行は、これに確定期限として記載された昭和三五年九月三〇日の終了前には、開始することができないと断ずる外はない。

そこで、債権者の本件申立を却下し、申立費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 高山晨)

別紙(一)

神戸市長田区神楽町二丁目二番の一

一、宅地一五六坪一合四勺

同所二丁目二番地上

(家屋番号三三番)

一、鉄筋コンクリート造陸屋根二階建居宅一棟建坪五六坪八合外二階三八坪六合

付属木造瓦葺平屋建上屋一棟建坪四坪

別紙(二)

第一、債権者は債務者に対し昭和三十二年九月三十日左記条項により金参拾八万円也を貸与した。

(1)  支払期日 昭和三十五年九月三十日

(2)  但右支払期日前に

(一) 他債務の為差押等を受けたとき

(二) 本契約に違背し債権侵害と認むべき不信用の行為ありたるとき

は期限の利益を失ひ即時債務全額皆済すること

右契約は神戸地方法務局所属公証人前田多智馬作成第一一三四六号金銭債務弁済契約公正証書に依る

第二、然るに債務者は

(1)  昭和三十三年六月三十日付神戸地方裁判所昭和三三年(ヌ)第四八号強制競売申立事件の競売手続開始決定により其所有に係る不動産に対し差押を受け其登記は同年七月二日附神戸地方法務局兵庫出張所受付第一一七六六号によりなされたのみならず

(2)  更に債務者は本件契約直后である昭和三十二年十二月十二日訴外三杉隆一と本件目的物件を担保として金八百五拾万円也を借用した旨の根抵当権設定並に所有権移転請求権保全の仮登記を同年十二月十三日同所受付第二一八九四号、第二一八九五号で為して居るがこれは実際は債権者三杉隆一は債務者会社代表者吉田勇の親類に当り実際の取引はなく単に債権者からの執行処分を免れるために設定して居り加之前記(1) の競売申立事件の物件を本年八月一日滅失取毀して債権侵害の不法行為をして居ります

第三、右第二の如き債務者の行為によつて債務者は期限の利益を失いたるに付債権者は前記金三十八万円也の支払を求むるため止むなく債務者所有の別紙(一)記載の不動産を競売の上債権に充当致度本申立をした次第であります。

別紙(三)

第壱条 債権者西播金融株式会社は昭和参拾弐年九月参拾日債務者株式会社湊川鉄工所に対し左記金員を貸与し債務者之を受領したるにより以下条項の通り其弁済を約したり

一金参拾八万円也

第弐条 本債務の弁済期日を昭和参拾五年九月参拾日と定め債務者は同日限り債権者方へ持参支払うものとす

第参条 本契約に要したる費用並に契約不履行により要すべき費用は全部債務者の負担とす

第四条 債務者左記各号の壱に該当する理由あるときは何等の手続を要せず期限の利益を失ひ即時未済債務全額を皆済するものとす

一、他債務の為差押仮差押仮処分公売処分を受け又は競売破産和議の申立を受けたるとき

一、会社の合併解散ありたるとき

一、死亡失踪刑罰長期旅行其他身分上の変動ありたるとき

一、本契約に違背し債権侵害と認むべき不信用の行為ありたるとき

第五条 債務者は本債務の弁済を遅滞したるとき又は前条期限の利益喪失のときは其翌日より完済に至る迄年参割六分の割合を以て債権者へ損害金を支払ふものとす

第六条 債務者は本契約に基く債務不履行の場合直に強制執行を受くるも異議なきものとす

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